介護の精神と社会

介護という人々を支える仕事について精神面や法制度などを交え 解説しています。

高齢者の虐待はなぜ起こるのか? 介護から見える社会の闇

      2015/11/07


日本は団塊の世代が高齢者となり、現在も多くの高齢者が居ますが、今後より多くの高齢者が増加する事が統計上わかっています。
超高齢社会の波が日本には押し寄せています。

 
高齢者は老化に伴う身体的・精神的な課題や、認知症、中途障害者になるなどの理由から介護を必要とする人が多いです。
現在の日本では高齢者に対する虐待を始めとした高齢者の権利侵害が問題として明るみになっていますよね。

 
高齢者の虐待は家族介護、施設介護のみならず、さまざまな場面で虐待行為と見られても不思議ではない場面があるのです。
なぜ高齢者の虐待は起こるのでしょうか?特に高齢者介護を課題としている日本では介護でどうして虐待が行われてしまうのか?という背景を知っておく事はとても重要です。

 
高齢者の虐待はなぜ起こるのか?介護から見える社会の闇についてみていきましょう。

 

 
高齢者の虐待はなぜ起こるのか? 介護から見える社会の闇
 

 

虐待とは? 高齢者虐待について知ろう

高齢者の権利侵害の一つである虐待を知る上では、そもそも虐待とはなんなのか?というポイントを押さえておきましょう。
自分では虐待行為ではないと思っていても、虐待について調べてみると虐待に繋がる危険を大いに持った行いというのも少なくはありません。

 
虐待とは、自分の保護下にある人に対し、長期間にわたって暴力をふるったり、日常的にいやがらせや無視をするなどの行為を行うことを言います。

 
要介護の高齢者というのは、家族や施設などの保護下になる人が多いです。
高齢者の虐待というのは、介護者である家族や施設等の介護者から暴力や日常的な嫌がらせ、無視をされるなどの行為のことを指すのです。

 
高齢者の虐待は高齢者本人の訴えが上がる事が少なく、虐待の発見が遅れると命に関わる事もあるため、周囲で虐待が行われていた場合は周囲の人が適切な機関へ通報する事が重要です。

 
高齢者の虐待は、要介護者となってしまった高齢者の介護を行う役割を持っているはずの「支援者」が原因となって虐待に繋がってしまう事が少なくありません。

 
要介護者となった高齢者は「自分はダメな人間だ・・・」とネガティブな考えに陥る事が多く、高齢者のこの思いに付け込んだかのように権利侵害が進行し、虐待という悲劇とつながるシーンも少なくありません。

 

 

 

 

人間関係の価値観から生まれる高齢者の虐待 人は依存を嫌う習性がある

人間関係の価値観から生まれる高齢者の虐待 人は依存を嫌う習性がある
なぜ高齢者の虐待といった権利侵害が起こってしまうのでしょうか?
その原因の一つに人間関係に対する個人の価値観が挙げられます。

 
人によって価値観はさまざまですが、人が一人の人間として生きていく上では自立と依存の関係に常にさらされる事となります。

 
私たちは本来、「他の人に依存して独立したい」という願望を持っています。
強いものに頼り、自分は後ろに隠れて安全な立場で過ごしたいと思うのが、人間が持つ野性的な自己防衛本能なのです。

 
それと同時に、現代の日本の生活は、他の人に頼ることや、誰かとつながっている状態なしに孤独な状態では生きていく事が難しい社会となっています。

 
過去も現代も、日常生活上で自分で出来る事は自分でやる事が理想的ではあるのですが、他の人の協力をかたくなに拒んだり、逆に他の人が自分に依存する事を望ましくないものとして否定的に扱う事が多くあるのです。

 
高齢者は老化にともなう身体機能の低下や思考能力の低下、認知機能の低下、病気、既往歴、中途障害者となってしまった事をきっかけに、誰かの協力なしに生活を送る事が難しくなります。
要介護者となった高齢者にとって、介護者は生きていく上で必須の存在なのです。

 
介護者は要介護者となった高齢者に対して、こうなってしまってはしょうがないという思いを持ちつつも、自分に依存する事を嫌う人間が持つ野性的な自己防衛の本能と、自分でなんとかしなければならないという責任の重さから他の人の協力を拒んでしまう事があるのです。

 
介護者の理性的・献身的な要介護者に対する介護と、人間としてもつ野性的な面、周囲に負担や迷惑を掛けたくないという思いやりの心が介護者の精神的な日常的な負担となって、精神的なダメージを受ける事となります。

 
多くの負担をかかえ、孤独となった介護者は要介護となった高齢者の依存心に対して苛立ちを隠せず、最終的にネグレクトといった放置、暴力、暴言等に発展していってしまうのです。

 
人間関係に対する価値観から生まれる高齢者の虐待は、介護者の負担が大きくなったことによる膨大なストレスが引き金となっているのです。

 

 

 

 

高齢者の虐待は自己犠牲の精神から来る場合も

高齢者の虐待は自己犠牲の精神から来る場合も
要介護となった高齢者は自分の生活が誰かの支えなしに送れるものではないと思いつつ、誰かの手を借りなければならない自分に情けなさや劣等感を抱く事も多くあります。

 
介護者の支援が必要となった高齢者の中には、介護者の負担を軽減する為に「何もしなくていいよ」という事を言う事もあります。

 
しかし、実際は高齢者にとって必要な事であっても、自分で何とかしなければならないという思いや、自分さえ我慢すればいいんだと言った自己犠牲の考えから介護者の介護を拒否する事があるのです。

 
高齢者本人、自分の足で立ち、誰にも依存せずに生きてきた人たちが多く、誰かに依存していく事に嫌悪感を抱く人さえいます。
高齢者本人の自己犠牲の精神によって、介護者から介護を受けられない状態が続くと、事情がどうあれ介護者のネグレクトとして周囲ではとらえられる事があります。

 
また、既に虐待を受けている高齢者が居たとしても「自分で何とかしなければ」という思いから、虐待を周囲に訴える事をしないケースもあり、虐待行為がエスカレートしてしまうケースもあります。

 
高齢者の虐待に限らず、日常生活の中で問題となっているケースでは「いじめ問題」ではないでしょうか。
いじめられっこは自分で何とかしなければと思い、いじめを周囲に訴える事をしませんし、それが原因で、いじめ問題がエスカレートし最悪の場合、命を落としてしまう事もあるのです。

 
高齢者の自己犠牲の精神は崇高な面を持つ反面、更に高齢者虐待をエスカレートさせてしまう影の面を持つのです。

 

 

 

 

高齢者の虐待は一握りの悪人によって行われる事がある

高齢者の虐待は一握りの悪人によって行われる事がある
高齢者の虐待のケースでは、適切な表現ではないかもしれませんが”やむおえず虐待になる”ケースを紹介しました。
虐待を擁護する気は毛頭ありませんが、情状酌量の余地は無いとも言えません。

 
それに対し、倫理的に絶対に許されてはいけない虐待があります。
それが悪人によって行われる虐待です。

 
人間にはさまざまな人が居て、善人も居れば悪人も居ます。
現代の日本では道徳的な教育が充実しており、善人が多いとは言いつつも、悪人も同じ人数居ると考えても良いでしょう。

 
高齢者の虐待を考えたとき、ここでいう悪人は次のような人物であると定めたいと思います。

  • 自分の利益を得るために高齢者虐待を行っている
  • 高齢者虐待を楽しんでいる
  • プライベートなストレスを高齢者虐待によって発散している
  • 自分の快楽の為に高齢者虐待を行っている

 
上で紹介したような人物が高齢者虐待で言うところの、情状酌量の余地のない悪人です。

 
介護施設で要介護となった高齢者の要介護度を上げるために、暴力を行いもみ消したり、高齢者の老化に伴う体の弱体化に目をつけ弱い者いじめをしたり、プライベートで嫌な事があったからと高齢者に対して暴言を吐いたり、高齢者に暴力を働くなどが具体的には挙げられます。

 
このような悪人による虐待行為は、通報により淘汰する仕組みがあありますが、グループで行われているようなケースもあり、高齢者虐待を根絶するには至っていない事が現状です。

 
更に、発見された高齢者虐待はメディアなどで報道される事により、要介護者の高齢者を家族に持つ人たちの大きな不安を煽ります。
介護者は世間的な目線を恐れたり、介護サービスの利用を控えたりと、更に自分の殻に閉じこもる事になり、介護負担は大きくなるばかりです。

 
介護負担が大きくなると、介護者の精神的・身体的・経済的な負担が大きくなる事になり、介護者自らが虐待者になってしまう可能性を否定できません。

 
一握りの悪人によって行われる虐待行為が、世間全体の大きな不安を煽るという点では安心した介護や介護サービスを受けられなくなる恐れがあるため、更に家族介護での虐待を助長する流れとなり、負のスパイラルを作り上げてしまうのです。

 

 

 

 

高齢者の虐待 ずっと一緒に居た家族だから起こる虐待がある

高齢者の虐待 ずっと一緒に居た家族だから起こる虐待がある
高齢者の虐待では、ずっと一緒に居た家族だからこそ起こってしまう、悲しい虐待があります。
高齢者は家庭を持ち、子供を育て、子供の将来の身を案じ、厳しくも温かい視線で家庭を守ってきました。

 
在宅で家族介護を行う場合、子供が親の介護をするケースが多いです。
子供が親の介護をするケースに特に多いのが、ずっと一緒に居た家族だからこそ起こる虐待なのです。

 
高齢者は老化に伴って身体的な機能、精神的な機能、思考能力の低下などがあります。
更に認知症になってしまったり、病気が原因で障害者となってしまう事もあるのです。

 
今までずっと、一緒に過ごしてきた家族であれば「一緒に過ごしてきた歴史」があります。
高齢者と家族が一緒に過ごしてきた歴史の中で「介護が必要になった家族」へのイメージを心の中で作り上げます。

 
親の介護をする事が恥ずかしいという思い、昔は元気で自分を守ってくれていた親を自分が守らなければならない現実が葛藤となり、大きなストレスとなって家族介護の精神的な負担をうみます。

 
また、認知症であれば最悪の場合、自分の事を忘れられたり、自分の事を認識できない事もあるでしょう。

 
介護者である家族としてはショックから精神的に不安定な状態に陥る事も多く、忘れられる事自体は認知症の進行によって致し方ない事であったとしても虐待の引き金になる事があります。

 
ずっと一緒に居た家族だからこそ、高齢者となった親に対する思いや、今までの思いでとのギャップに苦しむ事になり、計り知れない精神的な負担、ストレスから十分な介護を行わない、もしくは行えない状況を生むことがあるのです。

 

 

 

 

高齢者の虐待は高齢者を人として扱えない事が原因になる事がある

高齢者の虐待は高齢者を人として扱えない事が原因になる事がある
超高齢社会になり、介護施設の入居待ちの高齢者が増加しつつある日本では、高齢者の虐待の原因が高齢者を人として扱わない事が原因になる事があります。

 
特に病院や、介護施設などで多いケースで、介護施設や病院で働く介護職員は業務的に仕事をこなさなければならない場面も多くあります。
一人で何十人の高齢者を支援しなければならない事も多いため、介護施設で働く介護職員はさまざまな要望を上げてくる高齢者に対して人としての感情が薄れるケースもあります。

 
介護職員と、入居している高齢者の関係は希薄な物となり、業務的で表面的な対応が多くなる事で、介護職員が人を相手に支援する仕事という介護職員としての役割を忘れて仕事をしている事も少なくありません。

 
一人の要介護となった高齢者につきっきりになるという事は、他の高齢者の支援をしないというのと同じ意味となってしまう為、最悪の場合目の届かなかった高齢者の怪我や最悪の場合、命に関わる事故につながる事もあり、常に介護職員は緊張状態で仕事をしている事もあります。

 
生活・命・利用者の今後を支える介護職員にいとって自分の思い通りにならない高齢者に対し、苛立ちを隠す事が出来ず、暴言を吐いてしまう事もあります。

 
エスカレートすると身体拘束や、高齢者を人として扱っていないような対応等に繋がる事があります。
また、介護職員は給与が低く、仕事に対して大きな価値を持つ事が出来ないと感じている人も多いことも虐待の原因の一つと言えるでしょう。

 
高齢者の虐待を考える上では介護職員一人にかかる負担の軽減を図ると同時に、高齢者と更に密な関係を築くことが出来るような施設や支援体制を作り上げていく必要があるでしょう。
また、今後も介護の仕事は負担が大きくなる事が予測できるため、待遇の改善は必須と言えるでしょう。

 

 

 

 

高齢者の虐待の原因に、知らなかった!がある

高齢者の虐待の原因に、知らなかった!がある
高齢者の虐待の原因を調べていくうえで「これが虐待になるという事を知らなかった」というケースも少なくありません。
高齢者の虐待に限らず、虐待という問題を考えたとき、一番ポイントとなるのは「相手の人権や権利を侵害してはいないか」という視点が重要です。

 
メディアの普及やITの進歩により人権や自分たちが持つ権利に対して多くの情報を得る事が出来るようになりましたが、相手の人権や権利を考えるまでに一般的な理解は進んでいないのかもしれません。

 
身体的な暴力については虐待と捉える事が出来ても「日常的な暴言」が虐待になる事を知らない人や、家族介護で何日も高齢者を放置してお世話しない事がネグレクトになる事を知らなかった等、知らなかった事が原因で虐待につながる事があります。

 
介護というものを考えたとき、虐待になるからしないようにしようという考え事態がそもそも誤りであり、支援者としてその人の生活上の足りない部分を介護者が補っていく行いである事が望ましいと言えます。

 
高齢者の権利や、その人の思いを考えたとき虐待につながるような行動は自然ととらない事が自然であるべきですが、相手に対して十分な理解がないために、感情的な感覚や、配慮を怠る事によって虐待ととらえられる事があります。

 

 

 

 

高齢者の虐待 介護技術が未熟だったことで虐待と捉えられる事も

高齢者の虐待 介護技術が未熟だったことで虐待と捉えられる事も
高齢者の老化の影響や身体的な状態によっては、高齢者はもちろん介護が必要になります。
誰かを介護する上で、介護者は少なからず介護技術を求められます。

 
要介護者となった高齢者の安全に配慮した介護になっているか、高齢者の負担にならないような介護になっているか、適切に見守りが出来ているか等、介護技術と言ってもさまざまな物があります。

 
また、要介護となった高齢者の心に配慮して言葉を掛けるというのも介護技術の重要なポイントです。
介護技術が未熟だったことで、高齢者が十分な食事、排せつが行えていなかったり、ベッドから車いすへ座り替える時に落としてしまい怪我をさせたりなどがあります。

 
介護のなかではこれらは事故として処理されるべき内容ではありますが、あまりに繰り返し行われるようであれば第三者からみて虐待が行われていると思われる状況となる事があります。

 
例えば介護技術が未熟だったことで高齢者が怪我をし、病院に行った際、体には無数のアザがあったとしたら、日常的な暴力が行われているととらえられる可能性があります。

 
介護技術を習熟するにはそれなりの期間と回数が必要となります。

 
介護の世界に入りたての介護職や、経験や知識が不足している家族が行う事で、高齢者本人が満足に生活できない環境が生まれてしまう事もあり、最悪の場合は虐待ととらえられるケースがあるのです。

 
このように介護技術が未熟だったことで虐待ととらえられる事があるという事です。

 

 

 

 

 

高齢者自身が虐待を我慢してしまう、気づきたくない場合がある

高齢者自身が虐待を我慢してしまう、気づきたくない場合がある
介護を必要とする高齢者の心の中には「他の人の協力を受ける必要がある」と頭では理解しながら、そのことを受け入れる事が出来ない事が多くあります。

 
誰かの助けが必要な状況は高齢者にとって「自分には必要な物が足りない」「他の人に依存しないといけない弱く貧しい存在」と考えてしまう事があります。

 
支援をしてくれる人に強い負い目を感じる事も多くあり、自分の希望に沿わない事や、不快な思いを我慢したり、諦める事で「仕方なく」支援を受け入れる事があります。

 
高齢者が自分に負い目を持っている状態で介護を受けると、高齢者は相手に申し訳ない気持ちが強いので、自分にとって不都合な事が行われても、それを我慢してしまう事があります。

 
虐待もその一つです、虐待をされていながらも自分はこの人がいないと生きていけないと感じると自分が虐待されている事を知りつつも訴えとしてそれを周囲に伝えるような事をしない事があるのです。

 
また、高齢者であっても自分に対してプライドを持っている人が多いため、虐待されている事そのものを認めないケースもあります。
周囲から見て明らかに虐待であっても高齢者本人の意向によって虐待の事実がもみ消される事もあります。

 
このように高齢者自身が虐待を我慢してしまったり、気づきたくない場合があるのです。

 

 

 

 

高齢者の虐待はなぜ起こるのか? 介護から見える社会の闇 まとめ

高齢者の虐待はなぜ起こるのか? 介護から見える社会の闇 まとめ
虐待とは、自分の保護下にある人に対し、長期間にわたって暴力をふるったり、日常的にいやがらせや無視をするなどの行為を行うことでした。

 
人間関係の価値観から生まれる高齢者の虐待の原因として、人は依存を嫌う習性があるという事を紹介しました。
また、高齢者の虐待は自己犠牲の精神から来る場合もある事を知る事もできましたね。

 
高齢者の虐待は一握りの悪人によって行われる事があり、倫理的にとても許されるべきものではありません。
高齢者の虐待には、ずっと一緒に居た家族だから起こる虐待もありました。

 
高齢者の虐待は高齢者を人として扱えない事が原因になる事がありました。
高齢者の増加に伴う介護者への負担をどのように軽減していくかという事が解決のポイントとなるでしょう。

 
高齢者の虐待の原因に、虐待に対する理解が無かったため、虐待をしていたという物がありました。
また、高齢者の虐待として介護技術が未熟だったことで第三者から虐待と捉えられる事もありました。

 
高齢者自らが虐待を我慢してしまったり、虐待されていると思いたくない事が原因で、更に虐待を助長するような動きとなってしまっていました。

 
このように高齢者の虐待を見てみると、虐待のきっかけがあり、それがまるでドミノ倒しのように負のスパイラルを作り上げている事が見て伺えますね。
小さなきっかけから大きなきっかけまであり、解決・改善を図る事によって高齢者の虐待は抑えていく事が出来るのではないでしょうか。
 

 
最後までお読みいただきありがとうございました。

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